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【元祖入社エントリ】夏目漱石のシンプルなリモートワーク論

夏目漱石が朝日新聞入社時に書いた『入社の辞』を「元祖入社エントリ」として読み、漱石のリモートワーク論として紹介する随想。

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休(や)めた翌日から急に脊中(せなか)が軽くなって、肺臓に未曾有(みぞう)の多量な空気が這入って来た。

--- 夏目漱石

夏目漱石。40 歳。 大学講師を辞めて、朝日新聞に入社する時、新聞に書いた『入社の辞』というものがある。 今風にいうと、「朝日新聞入社エントリ」である。 これが面白かったので、漱石のリモートワーク論という観点から紹介したい。

初出: 「朝日新聞」1907(明治40)年5月3日『入社の辞』(青空文庫)

大学で講義をするときは、いつでも犬が吠えて不愉快であった。余の講義のまずかったのも半分は此犬の為めである。 学力が足らないからだ抔(など)とは決して思わない。学生には御気の毒であるが、全く犬の所為(せい)だから、不平は其方(そちら)へ持って行って頂きたい。

いきなりの他責思考である。「半分は此犬の為め」と言っている。 Twitter(現 X)で、40 歳の大学講師が、 「大学の近くで犬が吠えて講義でパフォーマンスが出せない。講義がうまくできないのは、犬のせい」 などと Tweet(現 Post)しようものならどうなるだろうか。 Twitter 上の軍師諸氏からボロクソに叩かれるかもしれない。 「そんなんだから 40 歳でも講師なんだよ」とか。

真面目に言うと、心理学では、音に過敏な体質というのはあるらしい。 漱石も音に過敏な体質だったか。

大学で一番心持ちの善(よ)かったのは図書館の閲覧室で新着の雑誌抔(など)を見る時であった。 然し多忙で思う様に之(これ)を利用する事が出来なかったのは残念至極(しごく)である。しかも余が閲覧室へ這入(はい)ると隣室に居る館員が、無暗(むやみ)に大きな声で話をする、笑う、ふざける。 清興を妨げる事は莫大(ばくだい)であった。ある時余は坪井学長に書面を奉(たてまつっ)て、恐れながら御成敗を願った。 学長は取り合われなかった。余の講義のまずかったのは半分は是(これ)が為めである。 学生には御気の毒だが、図書館と学長がわるいのだから、不平があるなら其方(そっち)へ持って行って貰いたい。 余の学力が足らんのだと思われては甚はなはだ迷惑である。

今度は、図書館の館員がうるさくていい授業ができなかったである。 しかも 「余の講義のまずかったのは半分は是(これ)が為め」 と書いている。 上の犬と合わせれば、講義がまずい原因の 100%は、犬と図書館と学長のせいとなる。 これも今なら、大炎上必死であろう。

新聞の方では社へ出る必要はないと云う。毎日書斎で用事をすれば夫(それ)で済むのである。 余の居宅の近所にも犬は大分居る、図書館員の様に騒ぐものも出て来るに相違ない。 然しそれは朝日新聞とは何等の関係もない事だ。 いくら不愉快でも、妨害になっても、新聞に対しては面白く仕事が出来る。 雇人が雇主に対して面白く仕事が出来れば、是が真正の結構と云うものである。

同時代人の反応