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アドベントカレンダーの「アドベント」って、これじゃんという発見【明恵上人】
アドベントカレンダーの「アドベント(到来)」という概念と、明恵上人の文殊菩薩顕現の夢想を重ね合わせる随想。
seiei-sogen
~5 min 読了
十九歳のときからすでに『夢記』をつけていたが、耳を切った翌日、文殊菩薩の顕現する夢想を得たことは、明恵にとって大きい意義のあることであった。『夢記』は最初の部分が散逸してしまい、現存する『夢記』は二十四歳のときのものからであるが、その最初にこの文殊顕現が書きとめられているのは、然とは言いがたい感じさえ受けるのである。
一、同廿五日、釈迦大師の御前に於いて無想観を修す。空中に文殊大聖現形す。金色にして、獅子王に坐す。其の時、肺日り也。(「文葉現形の夢」)
ここには単純に文殊の出現の事実のみ記されていて、明恵の感想や解釈はない。しかし、この短い文の中に、耳を切るという思い切った行為に出た後に、文殊の像の顕現を見た明恵の感動がこめられていて、それが伝わってくるのが感じられる。
これによって明恵は自分の信仰に自信を得、他の僧たちと離れ、ただ一人で経文を頼りとして、ひたすら内的な世界へと没入してゆくことになったと